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6.キルカルトへようこそ

 キーンコーン カーンコーン  学校にチャイムが鳴り響く。生徒はチャイムに救われ、チャイムに蹴落とされる。  しかも今日は土曜日。午前中で授業が終わる。  いつもは喜びの授業終了を知らせるチャイムのそれも栞にとっては、  審判を下す音でしかなかった。 (鳴ってしまった)  教科書をかばんに詰める動作がいつもより格段に遅い。  朝のホームルームで、お昼は用事があるからホームルームはなしね、  と言った担任をどれだけ恨んだことか。  嬉々として騒ぎ出した生徒たちの中で、ひとり頭を抱え込んでしまった。 (やーな予感する)  ネスのいいこと考えつーいた、と言いたげな笑顔が思い返される。 「栞、なあにやってんの。早く帰ろ」  美紗が栞の元へとやってきた。  ぷらぷらと右手でかばんを揺らせながら、支度の遅い栞に声をかける。 「あ、ごめん。ちょっと待ってね」  あたふたと教科書を入れだす栞に、美紗は訝しげに眉をひそめた。 「栞。あんた、そんなにもって帰るの?」  ぴたっと栞の手が止まる。 「あ」  生徒たちは机の引き出しに教科書やノートを置いていく。いわゆる「置き勉」というやつだ。  持って帰ったとして勉強など指の先ほどもしないだろうけど。  栞もその例に漏れない。いつもは。  今日はこれから起こることについて頭がいっぱいになっていた。  気づけば、机から次々に教科書を出していたのだ。 「あは、えっと、ほら、学問に置き勉なし、っていうじゃない」 「……王道はないけど、置き勉はありっしょ」  美紗は、はあ、とこれ見よがしなため息をつきつつおでこに手をやった。 「まあ、言いたくないならいいんだけどね。なんかあるならいいなよ」  美紗の言葉が胸に響く。 「み、美紗」 (ありがとう!! 心の友よ!)  栞はがしっと美紗の左手をとった。 「ただし」  へ? と間抜けな声がでた。 「どこまで進んでるのか今度教えてよね」  凄みのある笑顔で美紗は栞に笑いかける。 「何が?」  はてな、と首を傾げる栞のおでこをでこぴんしながら、美紗は言う。 「もう。照れちゃって! 栞の恋のお相手よ」  ふふっと笑う美紗が怖い。 「や、えっと」 「まさかもう付き合ってるの!?」  でこぴんされたおでこを押さえつつ、ぶんぶん、と首を横に振る。  っていうか、そんな人いないから!! と叫ぶ栞の声はきれいに無視された。 「栞、要はタイミングよ。はい、じゃあ、帰ろ」  すたすたと歩いていく美紗の後姿を見つつ、栞はため息をついた。  中途半端に教科書のはいった鞄を持ってとぼとぼと後を追いかける。  鞄だけの所為じゃなく、肩が重かった。  校門まで出て、やっと美紗の後姿が見えた。 「みさー」  走り出そうとして、ぴたっと足が止まった。  美紗がくるりとこちらを向く。美紗だけではない。  美紗の前に立っているその男も。  栞は方向転換すると、だっとその場を駆け出した。 「しおる!?」  美紗の声がしたが、栞の足は止まらない。 (な、な、な、なんでマスターがここにいんのよ!!!?)  絶叫する栞の心の声は果たしてネスに届いただろうか。  はあはあ、と息が苦しくなってきた。思わず重いカバンを地面に下ろす。  気づけば栞は裏庭へと来ていた。  学校の創業時からある杉の木の幹に手をつく。  ざらりとした自然の感触が栞の心を落ち着けてくれた。 「栞」  その声に栞の背筋がぴんと張った。恐る恐る振り返る。  杉の木から栞の足で三歩ほどのところ。緑の芝生に、黒のスーツは浮いていた。  否、ちゃっかりとネス自身も浮いていた。 「えへ」  可愛らしく小首を傾げて見せるも、ネスの黒いオーラは消えない。 「いつから私があなたの想い人になったんですか?」 (美紗、なんてこと吹き込んでいるのよ!!)  かっと、頭に血が昇った。悪態をつくも当の本人はいない。 「あれは美紗が勝手に!!」 「どうしたって、僕が頂いたあのありがたーい同情の眼差しは消えませんよ」  ネスはにこりと笑って見せると、その瞬間には栞の左腕を捕まえていた。 「きゃっ」 「急いでるんです。ちゃーんとつかまっててください」 「ちょ、ま、まって」  栞にできることといえば、地面に置いた鞄をどうにか拾い上げることくらいだった。 「いきます」  ネスが目を閉じる。風もないはずなのに杉の木が揺れ始めた。  左側からびりびりと静電気のようなものを感じる。  ふわっとネスの髪の毛が浮き上がった。 「我の念ずる場所へ。我を道びけ」  ネスの低い声が言葉を紡いだ。 「――!!」  強烈な風を感じた。体が引きちぎれるような力が栞を重力から解き放つ。 「我の国。キルカルトへ!!」  ストロボよりも強い光が栞の目を焼いた。 (……どこから、こんな光……。違う。光っているのは)  うおーっという音がどこからともなく聞こえた。  何かをこじ開けるような声。 (私だ!!)  がんっ!!!  栞を暗闇が捕らえた。 「いえ。気を失っているだけです。はい。申し訳ありません。  初めての魔法はやはり刺激が強すぎたかと。  ……はい。少々気になることがあります。しばし我慢なさってください」  何か、討論の声が聞こえる。 (――マスター?)  うっすらと目を開く。見えるのは、ネスと、もう一人。  顔は見えない。ぎりぎり栞の視界の外だ。  もう少し目を開けば見えるはずなのに、栞の瞼は言うことをきかない。 「しおに……ってみ、……やらんよ」  声が小さくてよく聞こえない。 「え? 僕があれ大好物だって知ってるじゃないですか」 (マスターが困ってる)  珍しい。あの腹黒紳士が敵わない人物なんて、いったいどんな人なんだろう。  その人物は栞の方へと近づいてくる。徐々に視界に入ってくるその人の体。  好奇心は募るものの、もう栞も限界だった。 (あ、閉じちゃう)  最後に感じたのは、栞の頭をゆっくりとなでる手の平の感触だった。  目が覚めると、ベッドの上にいた。窓から差し込む日の光が頬に当たっている。  寝返りを打つと、ぱしん、と頭をはたかれた。 「起きなさい、栞」  低い声が聞こえる。 「おとーさん、まだ大丈夫だから……」  ごにょごにょと言い訳をする。 (珍しいなー。お母さんどうしたんだろう) 「僕は君のような娘を持った覚えはありませんよ」 (ん? お父さん?)  それにしては、誰かの声に似ている。えーっとえっと……  スピー 「寝ない!!」  布団をひっぺがされる。 「ん〜?」  目をごしごしとこすると、ようやく周りの様子が目に入ってきた。 「おはようございます」  ベッドの前にネスが呆れた様子で栞を見ていた。 (なんで、マスター?)  寝ぼけたまなこのような頭はしっかりと働いてくれない。 (確か、美紗と帰ろうとしてて、そしたらマスターがいて、逃げて……) 「ああ!!」  ぱっちりと目が冴えた。よく見れば、自分の格好は制服のままだ。プリーツが少しよれている。 「やっと起きましたか」  あなたのおつむは、とネスは意地悪く言葉を放つ。 「えっと……寝ちゃった?」  恐る恐る聞くと、にこーっとネスは笑った。 「そんな、たかだか三時間くらいですよ」  三、のところに思い切り力を入れる。 (さ、三時間!!)  さーっと血の気が引いた。 「ご、ごめんなさい!!」  ぱっとベッドの上に正座をすると、頭を下げた。  三時間も人を待たせるだなんて。  どんな時も人様を待たせちゃあかん、と言った絢子の姿が目に浮かぶ。 (そういえば、なんか寝てるときに見たような気がするけど……) 「まあ、魔法に対しての耐性がありませんからね。  最初は仕方ないです。少々手荒なまねもしましたし」    栞の思考はネスの言葉によって遮られた。 「まあ、三時間も寝てるとは思いませんでしたけどね、三時間も」  ネスの言葉がちくちくと刺さる。 (わ、話題を変えなければ!) 「そ、そういえばここは?」  栞の声が聞こえているのか、じとーっとネスが栞の顔を見る。  明後日の方向に目を飛ばしながら、栞は必死に言葉を続けた。 「こ、ここがあのキルカルトってとこ、ですか?」  栞の顔をじっと見ていたネスは、やがてはあっと息を吐いてみせると、答えだした。 「ここは、キルカルトでの私の家です」 「え? マスターの?」  栞は改めてきょろきょろと辺りを見回した。  魔法使いとは思えない、普通の部屋だ。  白いシーツと白い枕。  ベッドサイドにはスタンドが置いてあって、その横には読みかけの小説がある。  少し離れたところには名前はわからないが緑の観葉植物。  今は窓の横で結ばれているカーテンは淡い緑色をしていた。  ここでは、黒のスーツを着たネスだけが仲間はずれのようだ。 (以外。てっきりもっと黒いかと……)  思ってから、やばっと思わず口をふさぐ。 「や、口ふさいでも意味ないですから」  苦笑するのみで何も言わないネスに、栞は肩透かしをくらった。  いつものネスならばもっと何か言うはずだ。  それこそ、にっこり顔で黒いオーラを撒き散らすところなのに。 (今日のマスターなんか、変かも)  いつもより感情が顔にでていることや、栞の考えがわかっているだろうに、何も言わないことなど、  いつものネスには考えられないことだ。  ネスは栞の考えにはあえて触れず、スーツの上着を脱いだ。  白のYシャツがネスの顔を明るく見せる。 (そっか、黒のスーツでもYシャツは白なのか) 「キルカルトは、人間界とほぼ同じに暮らしていけるはずです。  時間軸も重力の大きさも何もかもが同じ。ただひとつ」    ネスは上着をハンガーにかけつつ、栞の顔を見た。 「魔法が普及していることを除いては。  あ、あと、ここにはここのお金がありますから、気をつけてください」  いつもと違う顔に見えるネスを栞はぼーっと見つめていた。 (マスターが、違う)  栞の心の声には答えず、ネスは、さあ、と栞に手を差し出した。  手をとり、床に足をつける。 「ようこそ。魔法の国キルカルトへ」  にこりと笑ったネスの顔は、無邪気な少年のようだった。

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