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5.魔女っ子しおちゃん誕生

   初めに見えたのは薄青のカーペットだった。それと目の端っこのほうに黒のスーツ。 「お帰りなさい」  顔を上げれば、微笑んでいるネスがいた。  紋様も天女ら4人もさっぱり消えていた。いつもの栞の部屋だ。  夢だったかもしれない、と思わずにいられなかった。  金色の絨毯もあぐらをかくおしゃべりな蛙も、おばあちゃんの声も。 「マスター。これ」  ただひとつ。あれが夢ではなかったと証明するもの。  栞の手のひらには白金の玉がのっていた。  透き通ったその色は蛍光灯の光でさえも吸収するようだ。 「それは、あなたのものですよ。さあ、栞。名前は受け取りましたか?」  ネスの言葉にこくりと頷く。白金の玉を握り締めながら、ためらいがちに口を開く。 「……ッチ」 「はい?」 「……イッチ」 「よく聞こえませんね」  にやにやするネスの顔をにらみつけながら、叫ぶ。 「ウイッチ!!」  ――ウイッチ。それが、お主の名だ。  確かにそう言われた。ウイッチ。魔女。魔女の名前が魔女? (どっかのアニメ番組じゃないんだからさ!!) 「魔女っこしおちゃんですか」  肩を震わしながら言うネスにきつく睨みを利かす。  けれど、栞が怒れば怒るほど、ネスにとってはお笑いものだ。 「ふふふ。ああ、もうだめ。ほんとに、あなたは飽きませんね」 「うっさい」  何か攻撃魔法を覚えたら一番にネスに向けてやってやろう。栞はそう心に誓った。  白金の玉を引き出しの小物入れにしまう。  どんなにばかげた名前でも、それでも自分が魔法使いとして共にする名だ。  間違っても魔女っ子しおちゃん、などではない。 「ふう。それにしても。なかなか興味深い名前をもらいましたね。誰が案内役だったんですか?」 ――興味深い?  その言葉が何かひっかかった。  ウイッチ、イコール魔女、という名が果たして興味深いだろうか?  やっと笑い終わったネスが先ほどの馬鹿笑いを感じさせない紳士スマイルを返してきた。  疑問も一瞬で霧散する。 (腹黒紳士め) 「……腹黒紳士って。なんですか?」  笑顔に一層磨きがかかる。にこにこと、本当に私は無害です。なんて顔してるけど。 (や、怖いから!!)  恐怖そのものである。夢には見たくない。  笑顔にこんなに邪悪なオーラを練りこめるのはネスくらいであろう。 「ア、アネです! 私を案内してくれたの。金色のかえるで、しゃべるしあぐらかく」  興味を逸らそうとネスの問いに必死に答える。 「アネ? 関西弁みたいなしゃべしゃべりかたでした?」  話が流れた。栞はここぞとばかりに、こくこく、と大きく頭を上げ下げする。 「かえる、ねえ。それにしても珍しいですね。アネですか」  ――珍しい?  右手であごを触りながら、左手では右ひじを支える。  そんな格好が似合ってしまうから、憎らしい。 「彼が出てくるなんて。そんなにお気に召すオーラだったんですかね」  ――お気に召すオーラ? 彼が出てくるなんて?    ネスの言っていることがよくわからない。栞は、もしかして。と思った。  もしかして、ネスは魔法使いのことも自分のこともましてや周りのことなんて、  ほんとにちっともちょおーっとも話してはないんじゃないのか、と。  あの日、ネスの弟子になる前の日に話してもらったことは、  自分が関わろうとしていることのほんの少しの部分でしかないのでは、と。 「ねえ、マスター」 「はい?」  考えるポーズをいまだにとっているネスに思い切って声をかける。 「この間、言いましたよね。魔法使いになるのはそんなに大したことはない。  その後が肝心だ、って。力は得られる。  人探しの魔法も練習しだいでできるようになるって」    だから、約束したのだ。栞がおばあちゃんを探せるように魔法を教える、と。  今はまだ、絢子が残したメモを信じて待ってみるけれど、  でも、いつでも、栞が会いたいと思ったときに会えるように。  自分の力で会いに行けるように。だからこそ、弟子になったのだ。  ネスにとってプラスのことなんてないこの約束に、何か胡散臭いものを感じなかったわけじゃない。  キャッチにつかまったときのあの感じ。だまされてない? 信じていいの?   何度も何度も自問してそれでも目の前にある約束はあまりにも魅力的だったから。  ネスを信じた。信じようと決めた。 「名前のことなんて私ちゃんと聞いてなかった。勝手に放り込まれて。  アネは、なぜこの時期に黒紳士が、って言ってた。  それって、何でこんな時期にこんな弟子をとるのかってことでしょ?」    栞の目がネスを捉える。一歩も引いてやらない。  この目から逃がしてやらない。そんな力のこもった目だ。 「ちゃんと話してください。あなたは何を私にさせたいの?」  ネスは栞の視線をまっすぐに受け止めた。視線だけが無言のまま交じる。  ネスはふうっと息をつくと、ネクタイを少し緩めた。 「わかりました。いいでしょう。全部はお話できません。  私にもいろいろな約束とか守りたいものがありますから。  けれど、まず、これだけは言います。私はあなたが嫌いじゃありません。  むしろ嫌ったりできない部類の人間です。  そういった貴重な人間を私は裏切ったりしません」    少し顔を和ませてネスは続ける。 「何しろ、偏食なもんでしてね。なかなか自分の好みの人って少ないんですよ。男、女に限らずに」  栞は思わず目を逸らした。そんなに直球に言われるとこちらの方がむずがゆくなる。 「目を逸らしてはいけませんよ。大事なことです。  自分にとって大切な人なんてほんの一握りしかいないんです。  みんな大切なんて言う輩を僕は信用できません。それは、確かに素晴らしいことだけれど、  大切な人の重みを間違えちゃいけない。  また、その重みを背負わせるのもいけないと、僕は思っています。  だから、滅多に口に出したりしません。けれど、これはあなたが言い出したことです。  その重みを得たいと、自ら口にしたのなら、すべてを背負う覚悟でいなさい」    ネスの言葉が胸をつらぬく。体の奥にある思い出と書かれたあたりがちくちく痛む。  なによりも、さっき自分で口にした言葉がすごくちんけに見えて、恥ずかしくて仕方がなかった。  「信じられない」と言うのは簡単だけれど、「信じてほしい」という言葉を信じるのはすごく難しい。  ネスはそれがわかっていたから、だからこそ、口にしなかったのだ。信じろ、と。  信じてほしい栞に信じてもらえない。そのことが栞を攻めたりしないように。 「ごめんなさい。マスター。私、」 「いいんですよ。そもそも、栞を嫌いになったりできないんです。僕は」  弁明の言葉をネスは笑って返す。それは、いつもより少し年齢相応のものだった。 「あまりにも似てますしね」  似てる。何度もネスに言われた言葉だ。けれど、追求するにはためらわれた。  その重さがどれくらいで、それを今の自分が持ちきれるのかどうか、  栞にはまだ見当さえつかない。  ネスに話してもらう内容が自分に抱え切れるのか、まだ見極められない。  じっと黙っていると、ネスは、いいでしょう、と口火を切った。 「まず、名前のことを言わなかった件ですが、それは知識だけを先に詰めたくなかったからです。  名前をもらうまでのプロセスには知識があってもなくても関係ないですから。  楽しめたほうがいいでしょう」    最後は断定的に言った。確かに、事前に何か言われたところで、何もできなかったかもしれない。 「でも、心の準備くらい……」  小さな声で反論する栞をネスはあきれたように見る。 「心の準備なんて必要ないくらい、あの光景に見惚れていたじゃないですか」  確かに。  栞は何も言い返せない。 (アネの腕まで振り回しちゃったしなー) 「振り回したんですか? あのアネを?」 「はい。ぶんぶんと」 「ぶんぶんと?」  驚いたネスの顔は初めてだ。たいていのことを笑って済ますネスには珍しい。 「あの、なんかまずかったですかね?」 「いいえ、そんなことはないです。ただ、アネってすごい人見知りなんですよ。  関西弁で調子もいいかと思いきや、知らない人には本当に無口なんですね。  めったに人前に出てはこないし。  だから、アネが案内人ていうのも珍しいんです。それを、ぶんぶんと、ねえ」  おしゃべり蛙が無口なのを想像してみた。  それであぐらをかいていたら、どっかの頑固おやじみたいだ。 (それもそれで面白いかも) 「や、面白くないですから」  冷静なつっこみが返ってくる。 「いいじゃないですか、妄想くらい自由にやらせてください」  せっかく楽しい気分だったのに、とふくれつつ、ふと思う。 「あれ? じゃあ、アネじゃない案内人ってこともあるんですか?」 「もちろんですよ。それに、蛙とは限りません。案内人は特殊体質の人の仕事なんです。  名前を受けとる人の記憶の中から引っ張ってきた形をとることが多いとされています」 「だから、かえるだったのかー」  「友達第1号」だった蛙はちゃんと栞の記憶の中に住み着いていたのだ。 「あと、アネが言ってたのは、たぶん今が王の交代期だからです」 「おう?」  耳慣れているようで、やっぱり耳には慣れていない音が栞の鼓膜をくすぐる。 「王様です。まあ日本の総理大臣みたいなものです」  わかったような気もするが、わからない。 「なんで、それにマスターが関係するの?」  純粋な質問にマスターがはあーっと憂鬱そうに溜息をついた。 「それが、僕も王候補だからです」  学級委員長やらされそう、くらいの軽い言い方だ。 「ふうん」 (……) 「って、王様ってすごいじゃん!!」  思わず流してしまいそうになった。そんなにすごいやつだったの!?   というあからさまな視線を浴びて、ネスはさらに肩を落とした。 「そんないいもんじゃありませんよ。あんな雑用係、絶対嫌です。それに、僕は第二候補なんで」  王様を雑用係と言い切ってしまうのもどうかと思うが、ネスは心の底からそう思っているようだ。 (はて?) 「第二候補?」  第一候補がいるのなら、ネスはそんなに気を張る必要がないのではないのだろうか? (それとも、選挙戦なのかな。私が王になったあかつきにはーみたいな?) 「……違います」  ネスはぐったりしたように否定した。 「いろいろあるんですよ」  ネスの言葉に、ふううんと相槌を打つ。大人の事情ってやつだろう。今度こそ流そう。  いろいろ、という言葉につっこんでよかった試しはあんまりない。  関係ありません、みたいな顔をする栞を見て、ネスはにやりと笑った。 (黒い。黒いぞこいつ!)  思わずあとずさってしまった。 「うるさいですね。いいこと思いつきました。栞、明日暇ですか?」  明日は土曜日だ。隔週で授業がある。 「午後ならあいてるかな?」  予定を頭の中で並べてみて答える。 「じゃあ、明日、また迎えに来ます。そのとき、この続きは」 「え? ちょ――」  栞の声を最後まで聞くことなく、カラスが窓から飛び立った。  ネスはきれいさっぱりいなくなっていた。

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