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はーとのかたち

 それから、私の部活が外練で早く終わる日にはいつの間にか一緒にいるようになった。  彼は本が好きで、窓際前から2番目の席が好きで、  私といるのもそんなに嫌いじゃないってところまで、わかるくらいになった。  一緒に星空を見て帰ることがいつのまにか日課になって、  なんでもない話をするのも日課になって。 「そういうの、つきあってるっていうの?」  彼の前に頬杖をついてそう尋ねると、彼は眼鏡越しに上目遣いで私を見た。  「心の見方」っていうハートに顔が書いてあるマークと一緒に  本のタイトルが一緒に私を見上げている。  彼は本を広げながら、文字を追う。 「そういうの? 僕たちみたいなってこと?」  何も話していないのに勝手に指示語が出てきた私の言葉を、  彼は何でもないように補完する。  空の一部を塗り忘れちゃったから、じゃあ青でいいの?って聞くみたいに。    「うん。放課後一緒にいたり、なんでもない話をしたり、一緒に帰ったり」  「それじゃあ、友達だって、つきあってることになるね」  彼はそう言って、また本に目を落とした。  彼の細くて角ばった指が本の表紙に添えられているだけで、  すごく絵になる、と思った。  「そうだよねー。じゃあどういうところからつきあってるってことになるの?」    彼の人差し指が本の背表紙を撫でる。  ……一回。二回。三回。……  私は彼に目を向けた。  「例えば、好きだと言い合ったり、手をつないでみたり、   そういうところからじゃないのかな」  彼が指を動かすのは考えるときの癖。  「でも、友達でも好きだなーって言ったり思ったり、   手をつないでみたり、することもあるでしょう?」  彼がメガネを置いた。  話に集中するときの癖。  相手に心を見せるときの合図。  メガネは彼の鎧だから。  「それは女子の話でしょう? 男はあんまりそうゆうことしないんだよ」  彼のまつげは長い。  メガネに隠れていていつもはわからないけれど、  野球選手でもこんなに曲げられないでしょうって言うくらいの変化球並み。  「じゃあ、私とあなたが手をつないじゃったら、   つきあってることになっちゃうの?」  本の表紙のハートがにっこりこっちを見上げている。  目が合って、でもやっぱりハートは私を見ていない。  ハートを指でなぞるように優しく撫でた。  「つきあってるとか、つきあってないとか決めなきゃだめなの?」  彼の声が頭の上から落ちてきて、初めて自分が俯いてることに気が付いた。  メガネの所為できつく見られがちだけど、  彼の声はとても柔らかくてふわふわしていて綿飴みたい。  「つきあってるとか、つきあってないとか言っちゃだめなの?」  彼の目が私の目を捕まえる。  そうすると、私は凍り鬼でつかまったときみたいに動けなくなって、  彼がいいよと言ってくれるまで微動だにできない。  「君と僕の関係の意味づけを行ないたいんなら、僕はいつでも力を貸すけど」  彼の目がふっと横にそれた。  いいよの合図だ。  肩の力がふっとぬける。  「たとえば、手をつないだって、好きだと言ってみせたっていいけど、   僕たちの関係に名前はついても、僕たちの関係が劇的に変わったりはしないと思うよ」  部活が外練の日は、放課後一緒にいて、他愛もないおしゃべりをして、星を見て帰って。  「もしかしたら、ほんとにちょっとずつ、ありが持ち運ぶ砂糖菓子くらい   ちょっとずつ変化するかもしれないけど」  一緒にハートを包むように。  彼は私の手の上にあの細くて角ばった指を乗せていた。  申し訳なさそうに、手のひらをちょっと浮かせて。  ドームのように包まれた私の手は、彼と言う屋根を感じた。  人の手が、触れていないのに暖かさを感じるのは、  人が優しさとか寂しさとかそういうものを感じ取れるからだと思う。   「もし、その人の心が見たいなら、手をつなげばいいね」  屋根がゆっくりと降りてきて、私と一体になる。  彼の親指から順々に力が入ってゆく。  人差し指、中指、薬指、……小指。  「僕の心、見えた?」  彼の手は思っていたよりも大きくて、  私の手を包むには不似合いなラッピングみたいに大きかった。    「全部じゃないけど……たぶん、わかった」  彼の手の脈を私のもう片方の手でなぞった。  浮き上がった脈から彼の鼓動が聞こえる。  「全部は見えないかもしれないけど、見えた部分が大切で、   わかったところがきっと知りたいところなんだろうね」  彼が自分の手を私の手からそっと引き抜く。  「はーとのかたち」  「え?」  丸じゃなくてちょっとかけてて、でもとんがってなくて。  そんな優しい形。  「はーとのかたちだった」  にっこりと微笑んだ。  今までで一番、私のハートの形に近かった笑顔。  彼の顔が笑顔に変わる。  ハートの形。幸せな形。  「帰ろうか」  彼のハートはそっぽを向いたりしない。  私は彼を見上げて頷いた。  今日も星空を見て帰ろう。    明日も明後日も、放課後会わない日でも。  ちょっと早い鼓動が、彼のハートの形なら、  ありが砂糖菓子を運ぶくらいのスピードの関係も悪くないなと思った。     

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