TOP NEXTあんなに大きな空だって泣くのだから。 どうか、君も、大きな声で泣いて。 *********************** 窓を透明な水が流れる。 雨のカーテンの向こうに見えるグラウンドは水を浴びて気持ちよさそうだ。 誰かが入っていったのか、ここからでもぬかるんだ土の上の足跡が見える。 空は灰色の雲に覆われて、薄暗く地上を覆う。 「次、空見」 まっちゃんの声は低くて、すごく大人を感じさせる。 早く大人になりたい、大人になって、そうしたら全部、変わる気がするから。 「あれ、空見は? ホームルームいたよな?」 まっちゃんが前の席に座る女子生徒に聞く。 まっちゃんは僕ら2年4組の担任兼国語の教師だ。 フレームのない眼鏡が、まっちゃんの年齢をわからなくさせる。 「保健室じゃないすかー? ソラ気分悪いって言ってたし」 誰も、誰も気づかない。僕だけ。 (あそこだよ) 校庭の木の陰に隠れて。 水を浴びて気持ちよさそうに上を見上げてる。 視界が悪いうえに、この雨の中つったている生徒がいるなんて誰も思いもしない。 ローファーはきっとどろどろだろう。 校則通りに黒くて長い髪の毛を二つに縛って、スカートは膝下2センチ。 ソラは優等生だ。雨の日以外。 くるりと彼女が振り向いた。 小さな手が雨の向こうで振られる。 (タオル。持って行ってやんなきゃ) 僕は、窓際の一番後ろの席が取れたことをこれ以上喜んだときはないと思う。 「みなー。遅いよー」 グラウンドの近くにある体育倉庫。 僕は傘を閉じて、その中に入っていく。 彼女は上着をハンガーにかけていた。 しっとりと濡れたYシャツが彼女の体のラインを浮き彫りにする。 結んだ髪の毛の先からは、小さな雨が床に、ソラに、降りそそいでいた。 僕はちょっとそっぽを向きながら、彼女に肩掛けの紐がついているビニールのバッグを渡した。 女みたいなあだ名を嫌だと思ったことはない。 でも、僕は男だから。 「ふふ。みなはまだ慣れないね」 そのビニールバッグを受け取ると、彼女はよいしょっと立ち上がった。 僕は後ろを向く。 衣擦れの音。 雨の音に混じってその音は僕を包み込むように優しく降り注ぐ。 「みな、いいよ」 振り向くとジャージに着替え終わったソラが立っていた。 中は体操着だ。 ほどいた髪の毛にタオルを被せている。 「どうやって、言い訳するの?」 僕が聞くと、ソラはいたずらっこのように片目をつぶって見せた。 「大丈夫。制服が苦しくなったっていうから。髪が渇くまではここにいるよ」 埃くさい体育倉庫は雨の匂いと混じって、なんだか変な匂いがする。 暗くてかび臭くて切なくなるほど静かなこの空間に、ソラを一人にはしたくなかった。 「ほら、早く行かないと。授業始まっちゃうよ?」 ソラが笑う。 校舎から離れた独りぼっちの体育倉庫の中で、ソラは笑う。 僕は、ソラに近づくと、ぎゅっと抱きしめた。 頭を抱えるようにしてタオルごと濡れた髪の毛を優しく優しくなでる。 ソラはつったったままだった。 それでいい。 だって僕らは、恋人同士じゃないのだから。 「皆川ー、どこ行ってたんだよ?」 前の席の森岡が振り向く。 次の授業まであと1分。ぎりぎりだった。 「ん、ちょっと、外にね」 「お前、ほんと雨好きだな」 「うん、そうだね」 笑ってみせる僕に、森岡は苦笑して前を向いた。 傘を差していったのにどうして制服が濡れているか、なんて聞かない森岡が、僕は好きだ。 「はい、授業始めるよー」 次の時間は英語。なっちゃん先生が出席簿やら何やらを抱えながら教室に入ってきた。 「きりーつ」 ねえ、ソラ。 僕は立ちながら、体育倉庫を見つめた。 「れい」 いつになったら、君の。 「ちゃくせき」 君の雨が見られるんだろうね。