5.神王様の憂鬱2

   「ねえ、アチ。僕は君を置いて行ったりしない。約束するよ。だから、ほら、出ておいで」  そう言って、蔵の中に閉じこもるアチを何度説得したことだろう。  その中には、神々の歴史が押し込められていて、今でもやんわりと息づいていた。  確かにあったと、彼らはいたのだと、そう証明してくれるもの。    戸にぴたりと耳を当てて、中の様子を伺った。  聞こえてきたのは軽やかな息遣い。  安堵の溜息をひとつついて、蔵の戸に手をあてた。  蔵には好奇心旺盛な神たちが勝手に入れないように、幾重もの細工がしてある。それに加えて、頑丈だ。  しかし、そんなのはエラにもアチにも関係ない。  願えさえすればいいのだから。  願えさえすれば、戸は自らその身をエラに差し出す。  目の前の道をエラのために開け放つ。  正面にある窓から漏れてくる光が細かなチリを浮かび上がらせる。  アチはその窓の下にうずくまっていた。  何かを大事に抱えている。  彼女の肩からはみ出してしまうくらいのそれが、エラには何かわかってしまうから。 「アチ」  自身の口にその名をのせて、エラは願う。  彼女の頬が涙に濡れていませんように、と。  思い起こすのは昔の記憶。  一体いつのことだったかも忘れてしまった遠く昔のこと。  まだ、エラも神としては幼くて。  幼いながらに大きな役目を負ってしまった者のひとりだった。  だからこそ、自分よりも幼いアチを放ってはおけなかった。  赤毛を撫でると嬉しそうに笑うから、エラもそれが嬉しくて。  弾力のある赤毛と金にも見える輝く瞳は、宝物で。  壊れてしまう前に、閉じ込めたのはアチ自身。  けれど、それでも、守ってゆくと。心に決めたはずだったのに。  ユラは腕を組みながら胡散臭げにエラを見やった。  「アチちゃんがアチちゃんだなんて、わかってるっての。私が言いたいのは、アチちゃんは何の神なのか、ってことよ」  アラビューが初めて「君が恋の神だよ」と言い渡されたときのように混乱と困惑を顔に載せている。  「アチが何の神か、ですって?」  ちらりとユラはアラビューを見やって、微笑んだ。  「知ってますの?」  ぶんぶんと大きく首を横に振る。そして恥じ入るようにうつむいた。  いつでも一緒にいる大好きな赤毛の友人。    「そんなこと、気にしたこと、なかったから」  今度こそアラビューの方に顔を向けて、にっこりと微笑んだ。  「あなたがアチちゃんの友達でよかったね」  幼子に言い聞かせる子守唄のように甘い声でユラは言った。    「でも」  ユラはエラへと目を向ける。  そこにはもう温かみのある優しさは宿っていなかった。  気づかずにいれたなら、どんなにかよかっただろう。  けれど、気づいてしまった。  そしてそれは、神の城にとって衝撃ともなるだろうとたやすく想像できてしまった。   ひとつ息を大きく吸って、ユラはその耳に下げたピアスを一振りさせた。  青の軌跡がエラとアラビューの目を奪う。 「4大神の長として改めて聞くわ。アチは」  すっと目を閉じて、ユラは思い切ってそのことばを口に載せた。 「太陽の神、ではなくて?」  しん、っと一瞬空気が止まった。 「――太陽の、神? アチが?」  アラビューは乾いた笑い声を上げた。  冗談にしてもきつすぎる。 「太陽の神は、だってここ何年も欠員のままじゃあない。そうよね、エラ様」  口に笑みを乗せたまま、エラの方を振り向く。  エラはただ空に向けたまま何も口にはしない。   「だ、だってアチよ? あのお人好しで恥ずかしがりで嘘のつけない、あのアチがよ? それが……太陽の神って」  思わずアラビューは口を押さえてしまった。  すぐ顔の赤くなるアチを何度からかったことだろう。  愛しい赤毛の女の子。  彼女が太陽の神だというのなら。 「アチは、キラ様の忘れ形見だと言うの?」  のどが絡まってうまく声が発せない。  かすれた声は大声で叫ぶよりもアラビューの悲鳴をエラに届けた。 「……まだ。まだお話できるときではありません。でも、アラビュー。アチは貴女を愛してる。心の友だと思っています。だからどうか、どうか彼女のそのままを見てあげてください。アチは、ちょっと不器用で素直な赤毛の女の子。それで十分なんです。そうでしょう?」  エラはまっすぐにアラビューを見た。   「アチはやっと貴女という友人を得た。これ以上、彼女に何かを失わせたくはないのです」  瞳を伏せるその顔を見て、アラビューはそっと息を吐くしかなかった。 「もちろん、私だってアチを失う気はありません。アチは私の大切な友達だもの。エラ様がまだだとおっしゃるのなら、私は待ちます」  エラの顔がぱっと輝く。 「でも、今度アチを泣かしたら、エラ様といえども容赦しないですからね」  横目でじっとりとねめつけると、エラは急にしょぼんとした。  その様子があまりにも可愛らしくて、ついくすっと笑ってしまう。  後ろでユラがぼそっと声を漏らした。 「なんでその顔で告白しないのかなー」  エラがちらりとユラに目を向ける。 「それができたらこんなへこんだりしないですよ」 「あーんたって、昔からほしいものはほしいっていえなかったものねー。じーっと見てるだけでさ。アチちゃん取られちゃっても知らないよ?」  エラは余計に肩を落とした。  その様子を見て、ユラは盛大にフウーっと息を吐く。  「まあ、今回はいいわ。早くアチちゃんと仲直りしなさいな」  「そうですよ。アチの空元気見てるのもそろそろ限界です」  「アチちゃんに謝ること」  「アチに謝ってください」      二人の声が綺麗にハモった。

BACK TOP NEXT inserted by FC2 system