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11.翡翠の姫の魔法講座開始

 ぱたん、とほうきが倒れる。はじかれたように、栞が動き出した。 「ふへ!? 何?これどっからでてきたの!?」  驚く栞がぺたぺたとほうきとちりとりに触り出す。 (怖いもの知らずというか、はちゃめちゃというか)  普通魔法は呪文を呟かないと発動しない。  しかも、先ほどのネスのような極端に短い呪文は例外中の例外だ。  相当鍛錬を積んだ魔法使いでしかも相応な魔力がないと発動しない。 (さっき初めて魔法を使ったっていうのに、この子は……)  ネスでさえ、「我は請う」という呪文を呟かなくては魔法を使えない。  ほうきやちりとりを出すだけでもだ。  魔法に請い願う言葉が魔法を使う上では絶対に不可欠だ。  そうでないと、もし使えたとしても手痛いしっぺ返しを食らいかねない。  魔法は気高くそして誇り高い。それは魔法使いが忘れてはいけないことだ。けれど。 (魔法の方が呼応しましたね)    栞の声を、願いを、勝手に魔法が具現化した。  そうできる輩をネスはたった一人だけ知っている。魔法に愛された男。  ネスの師匠でさえ太刀打ちできないほどに短期間で強大になった力。 (しかしまさか、これほどとは)    先が知れない。その大きさにネスは思わずごくりと唾を飲みほした。 (この子は、陽にも陰にもなる)    まだ使い方のわからない力は最初の教えでどんなものにもなれる。  しかも力が強大ならその範囲は計り知れない。 (これが悪用されていたかと思うと)    ぞっとしない想像だった。  もしかしたら自分に彼女を頼んだ人は、ここまでわかっていたのかもしれない、  そう思うと自分の責任という重みがじかに見えてきて、一瞬肩がずんと重くなった。  自分のまわりには自由奔放な輩が多すぎる。  首を振って雑念を取り払う。いろいろ確かめなければいけないこともあるようだ。 「それは、召喚の魔法です。ウィー、変なことしていないで少しそれを見せてくれますか?」    ちりとりの中身を覗いていた栞はえへへ、と照れ笑いを浮かべると素直にネスにそれらを渡す。  毛羽のついた堅そうなほうきと古めかしい楕円のポストをさかさまにしたようなほうきだ。 (なんともまあレトロな)    それでもちゃんとほうきとちりとりだ。今はそれらに魔法の残滓は見られない。 「うわーわいびっくらこいたわ。いきなり召喚する奴がおるか!?」    スイッチがなかなか入らないロボットのように、アネがようやく言葉を発する。  こてん、と横に倒れていたアネがようやく正気に戻ったことが知れた。 「ご、ごめんね、だってなんか勝手に」 「ウィー」    ネスの鋭い問いかけに栞が思わず声を飲む。 「ちょっとこっちへ来て、これに手をかざしてみてください」    ちょこちょことネスに近寄る栞は言われるままに手をかざした。 「力を溜めて。そうです。そのまま、一言、戻れ、と言ってみてください」    ぼおっと栞の手の中が熱くなる。 「戻れ!」    ぱんっ、と風船が割れるような音が耳をつんざくと、栞の身体が風圧で宙に浮いた。 (え!?)    ドンっと誰かに強く押されたような衝撃が来る。 「ウィー!」    アネの驚きの声が遠くに聞こえる。  ぎゅっと目を瞑って頭をかばった。しかし思っていたような痛みはちっともやってこない。 「あ、れ?」    背中に温かみを感じる。 「黒神士!」    徐々に目を開けていくと、うっすらとした世界にほうきとちりとりが倒れているのが見えた。  それと右の方には慌てた顔のアネ。そして自分の身体には黒の布がしっかりと巻きついている。 「!? ぬぁ!」    どん、と気づけば思わず突き飛ばしていた。 「わ! ごめんなさい!!」 「ったあ。しかし、間の抜けた叫び声ですね」    ネスが衝撃から守ってくれたのだということが分かった。  どうやら何かをしたのか、ほうきとちりとりからはそんなに距離は離れていない。 「ちょっと最初にバリアみたいなものをつくったんですよ。それでも壁と同じようなもんですから、  痛いので僕がかばわさせてもらいました。手荒なまねして申し訳ないです」    突き飛ばしてしまってあたふたしていたのは栞の方なのに、いつの間にかネスが頭を下げていた。 「いえ! あの、助けてくれてありがとうございました」    そんな言葉をまさかこの歳で言うとは思わなかった。  ちょっとヒロインぽくない? と心の中でにやけながら、しなをつくってみせる。 「いえ、なんか予想外に喜んでもらえたのはよかったです」 「……しおるって変な子やな」  ネスとアネの呆れた顔に栞は照れ隠しにえへ、と頭をかいた。  しおる似合うてない、というアネの言葉はこの際きれいさっぱり無視する。 「はいはい、ばかな仕草はやめて、ほらちりとりとほうきをとってきてください」    ぱんぱんと両手を叩いてネスがほうきとちりとりを指差す。 「GO!」    ……この男、なぐってもいいだろうか。  怨念を練りながらもしぶしぶちりとりとほうきを取りに行く。  栞をはじき飛ばしたあの力が何なのかも気になるところだった。  近づいてみないとわからなかったけれど、ちりとりとほうきはほのかに緑の光で覆われていた。  恐る恐る近づくと石の笛が呼応したように光る。  ちりとりとほうきはさっきの栞が感じた衝撃が嘘のように傷一つなかった。  手をゆっくりと伸ばす。飛ばされないように身構えて、ひとつ深呼吸をした。  ばっとほうきとちりとりの柄をつかむ。緑の光が大きく瞬いた。 「アネ、見えますか?」    黒紳士の言葉に振り向くと、アネの瞳が大きく見開かれていた。  瞳孔が開いて瞳のまわりは赤く縁取られていて、ネコのようにも見える。 「魔ホー、が反応しト、る」 「え?」    アネがゆらゆらと夢遊病のように近づいてくる。 「わい、こないな呼応、初めて見るわ」    アネがちりとりとほうきを栞の手から取ると、緑の光がすっと消えた。  同時にアネの瞳孔が元に戻る。 「しおる、おまえさんはいったい――」    赤く縁取られたままの瞳はむしろ迫力が増す。強い力を秘めた瞳に栞はたじろいだ。  魔法が呼応? 緑の光が何か関係あるのだろうか。 「その質問には私が答えましょう」    ネスの低い声がアネの視線を遮った。 「ウィーの本当の魔法の名はウィッチ。ウィザードと対を為す者だと考えられます」    ウィザード? 英語だと思うならそのまんま、「魔法使い」だ。 「彼と対となる者というんか。ここにきて、よもやこんなに幼い女子が」    対をなすもの? 「彼だってそんなに歳が変わるわけではありませんよ。それよりも、今のこの時期が問題です」 「王の交代期」    おうのこうたいき。マスターが候補のやつ? 「ええ。しかも肝心の第一候補は行方をくらましたまま」    第一、候補。 「噂ではお主が隠しておるときいたで。  親友でありライバルの第二候補は第一候補の魔力の大きさを妬み、どこかへ監禁したとな」    え、監禁?    二人の会話からどんなに断片情報を集めても栞にはさっぱり内容がつかめない。  アネの口調がいつもと違うのもひっかかる。  先ほどまでのアネとネスの様子とは異なり、上下関係も何か明確なものを感じる。  物騒な言葉が飛び交う緊迫した空気に、栞は口を挟めないでいる。 「それを信じておいでで?」    この国は今,王の交代期で。 「そないなことはない。ただ、煙のないところで立った幻の火に焼かれてしまわないか心配なだけや」    マスターは王の第二候補。 「また、抽象的なことをいいますねえ」    第一候補がマスターと仲が良くて。 「わいはもう国政には関係ないからな。具体的なことなど言えんわ。  そやけど、対岸の火事はあまり好きでなくてな」    でもなぜか、マスターが監禁してることになってる。 「お気遣い痛み入ります」    で、それをアネが危惧してる、と。  ふうん。なに、それ。 「お前のそういうところが――」 「ストオォォーーーープ!!」  ぴた、とアネとネスの動きが止まる。  それこそ彫刻のように手の動きから眼球の動きまで含めて静止した。 「わけわかんない、わけわかんない!」    栞が手を振り回し、二人の間に入る。 「ちゃんとわかるように説明して! ...ってあれ?」    アネとネスの目の前でぱっぱっと手を振ってみせる。 「あ、れ?」    アネの髪の毛をひっぱってみたり、ネスの足を踏んでみたり、いろいろやっているのに二人はぴくりともしない。 「え、えー。ねえ、ふざけてないでさ。怒鳴ってごめんなさい。  このとーり! ちょっと、ねえ、聞いてよ。ねえってば!」    泣きそうになる。ぺたりと床にひざをついた。 「なにが、どうなってるの・・・・・・?」 「時間を止めるとは。黒紳士もいい気味じゃ」 「ふへ?」  顔を上げると緑が視界いっぱいに広がった。 「我は翡翠の姫なり。今はこのような抽象的なものにしかなれぬが」  靄のような空気中に浮かぶ緑のかたまりがゆらゆらと栞をとりまく。 「魔女の子よ。案ずるでない。今はおぬしがこやつらの時を止めただけじゃ」 「だけって。私そんなことしてないのに」  どこに視点を定めてよいかわからないまま、靄の真ん中あたりに向かってつぶやく。 「一種の暴走じゃな。この国にすでにある魔法の気とおぬしの魔法がぶつかりあってるのじゃ」 「魔法のキ?」  靄がぐるりとうずを描くとぎゅっと丸くなった。 「この世界には不思議な空気というか大気が集まっていてな。それを我らは『魔法の気』と読んでいる。  魔法使いは魔法の気と何らかの共鳴ができるのだそうだ。  この共鳴の仕方によって、我らは物を動かしたり、形を変えたりできるのじゃ」    丸くなった小さな靄は今度は形を変えてじょうろの形になった。 「有から有への変化、これを我らは『魔法』と呼んでおる。  しかしな、ごくまれに無から有を作り出す、もしくは有を無へ変えることができる輩がいるのじゃ」  じょうろはぱっと掻き消えて、また空気を緑に色付ける。 「あるものを消す、ないものを創りだす。それは本来、人間の仕事ではない。  氷が水になるように、水が水蒸気になるように、  それらは形を変えてもこの世界のどこかには存在しておらねばならぬし、  この世界のどこかにあるものしか我らは干渉できぬ。そのはずじゃった」 「はず、だった?」  緑の空気が栞の体をとりまきだす。 「そうじゃ。神の気まぐれか、悪魔の気まぐれか。はたまた、これを奇跡と呼ぶのか。  無から有を、有から無を。それらをそれぞれに可能とする者達がおったのじゃよ」

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