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10.魔女っ子勝手に魔法を習得

「きれい」  思わず声が漏れる。 「黒紳士のカーテンなんて、売ろうゆーたら、たぶんウン千万GGはするもんやで」  そこまでの数字を聞くとちょっと破ってみたいと思ってしまうのは人情だろう。 「断じて人情じゃないですから」 「あ、やっぱり」  ネスに読まれて、可愛く舌を出してみせる。 「で、モ、黒神士、護身の布とは、もシ、や!」  どもる口調に戻ってしまったアネにネスは苦笑する。 「ゴシンの布? ただのカーテンじゃないの?」  ゆっくりカーテンに近づいて手を伸ばしてみる。  その布は栞の手を弄ぶように、ゆらりとはためいた。  呼応するように栞の胸元にある笛が緑色の光を煌めかせた。 「身を護る、で護身です。これは、密会のような誰にも聞かれたくない空間を護る  結界の役目を果たすんですよ。時にはマントのように羽織って防御服に  用いたりもします。ああ、単に空き巣防止、みたいなものもありますけどね」  空間を護る結界。栞はネスを振り返る。 「じゃあ、お話というのは聞かれたくないことなんですね?」  ネスの口角が上がる。抜けているところはかなりあるのは否めないけれど、  栞は人の気持ちを汲む能力に長けている。 (これもあの人の教育かな) 「マスター?」  栞の呼びかける声に、ネスはお茶を口に含んで喉を湿らせた。  覚悟は決めた。栞をこのバカげた闘争に巻き込む覚悟を。 「僕が王候補だということは覚えていますか?」 「くっきりきっぱりしっかり覚えてます」  栞の手がぎゅっと拳の形に握られる。  おちゃらけた答え方もどうやら緊張をほぐすためのもののようだ。 「よろしいです。このキルカルトでは王が一応国の長、  総理みたいな立場になっていますが、実際に国を動かしてはいません。  王の役目は危険因子の排除。これだけです」 「危険因子?」  王というからには、かなり優雅な生活を描いていたが、  どうやら思っているようなものではない、ということに栞は眉をひそめた。 「キルカルトの住人は人間界にもたやすく行くことができます。  ですが、そこで問題を起こす輩が必ず出るんです。  魔法で人間世界を手に入れようとしたり、反対に人間界で利用されたり。  そういう人たちを止めたり助けたりするのが王の役目なんです」 「ってちょっとすごい物騒に聞こえるんですけど。  それじゃ、王様ってただのはずれくじじゃないですか!」  悪いことする人がいるからあとよろしく、みたいなものが何とも気持ち悪い。 (警察とかさあ、そういうのないわけ!?)  実際、そんな王をやりたい人なんているのだろうか。 「まあ、ウィーが考えているように警察みたいなものというか、  王護衛隊っていう便利隊がいるにはいるんですが、その規模も大きくはありません。  兵全員を王が選べるわけでもないので、王の言うことを聞かない人もいたりします」  ますます嫌なものに思えてくる。  何だってそんなに王が必要なのか、栞には理解ができない。 「だからこそ、なんですが、王は最も力が強い魔法使いがなるのが習わしです。  力が強ければ、悪いことを起こそうという気もなくなる。  さらに、王の人柄がよければ、王に迷惑をかけまいとして少しは慎む者も出てくる。  加えて次から次へと降ってくる陳述書と言いますか、  早く助けろこのやろー、みたいな封書がわんさか届くんですけれど、  それを端から端までやっていたら、んなことやってられっか、と言いたくなるほど  とても身体が足りないので、順番を見極める能力、とかあると完璧ですね」 「……マスター。ご経験がおありなんですか?」  栞の恐る恐るの質問にネスはにっこりと微笑み返す。 「ええ。問題をたくさん抱えた前王の護衛隊隊長を承っていましたよ」  (や、怒りマークが見える! 笑ってるのに青筋浮いてるから!) 「ほンとに、前おウは気まま、ナ人やったシ、なあ」  アネが腰を引かせながらもネスに同調する。 「ええ、ええ。ほんとにあの人は、すっこしも陳述書を見ないで、  コレ、って拾い上げるだけで。何度僕らが尻拭いをしたことか。  あげくふらっとどこかに行って帰ってこないこともあるし。  今となっては王の座ほっぽり出してどっかいきやがったし」  どんどん言葉づかいが悪くなっていくネスに、アネと栞は椅子の後ろに隠れる。 「ああ。すみません。熱くなりすぎました」  椅子のヘリを持ちながらそおっとネスを伺う。興奮したせいか、頬が少し赤い。  しかも髪も乱れている。  そうしていると、ネスもそんなに歳をとっていないんじゃないか、  と頭の隅で栞は漠然と思った。 「まあ、そういうわけで前王が突然不在となったために、  今回新たな王が必要となったんです」  王も楽じゃあない。ネスがあんな雑用係り嫌です、と言った理由がよくわかった。 「本来なら王は短くとも二年の任期があります。  それ以降は自由とされていますが、少なくとも次の王が決まるまでは  その席を空白にするとか、何考えてんだあのくそ親父!   ってな感じになるわけです」 「は、はあ」  話しているうちにヒートアップしてくるらしい。  いつも冷静沈着なネスをここまで熱くさせる人物に会ってみたいとちょっと思う。 「だめです。今はここにいないのもありますけど、いたとしても会わせません」  その言い方がどこか駄々をこねる子供みたいで栞は思わず口元が上がってしまう。 「……なんですか、ウィー」  じとりと睨んでくるその姿でさえも、どこかいつものネスらしくない。 「や、あの、ほら、前王ってことはマスターよりも強いって  どんな人なのかなーとか思いまして!」  焦った答えへのツッコミを警戒しつつ、ネスを伺うと彼はぴたりと固まっていた。 「あー。あれ、ダ。前オうは黒シん士のおしショ―様だ」  アネの発言にばっとネスが振り返った。  アネはびくり、と大きく身体を揺らすと、ぺたぺたと後ずさりささっと栞の背に隠れる。 「〜〜〜〜〜〜!」  声にならない声が痛い。庇うように、というよりは好奇心から栞は前に出る。 「マスター! お師匠様って! つまりマスターのマスターなんですね!?」  ふはあー、とネスは大きく溜息を吐くと、前髪をかき上げる。 「そうです。身勝手で我儘でハタ迷惑なくせにやたらと首を突っ込みたがって、  結局は弟子に大迷惑をかけ、それでいて俺なんかよりよっぽど強い力を持っている  いけすかない!マスターですよ」  「なんかほんとごめんなさい」 (いつの間にか一人称が「俺」になってるし!)  触らぬネスに祟りなし、とばかりにひとまず頭を下げておく。  マスターにマスターの話はご法度、と心のメモ帳に書き足しておく。 「いえ。取り乱してすみませんでした。僕は、なんとも思っていませんから」  「僕」を強調し、なおかつにっこり、と笑うネスにひいぃ、と声にならない悲鳴が出る。 「それで、その前王のせいで!   仕方なく次の王を早急に決める必要が出てしまったんです」  ネスはそこまで言うと、ちょっと失礼、と言ってスタスタとカーテンの方に近づいた。  手を前にかざすとネスの力がそこに集まりどんどんと光が大きくなるのがわかった。 「我は請う。ゆけ」  短い言葉に、カーテンの向こう側がピカっと光る。 「う、うわあぁ!!!」  絶叫は尾を引き、静寂だけが残る。栞の身体からざーっと血が引いて行くのがわかった。 「ふう。やっと静かになりましたね。うるさくて仕方なかったんですよね」  ネスのなんでもない、というような発言に身体がカタカタと震える。  さっきの男の絶叫が耳から離れない。 (魔法、って。え? そういうこともしちゃうの?)  そんな力はいらない。綾子を見つけられたらそれでいい。  ほんの少し、何か魔法が使えたらいいなあ、とは思っていたけれど、  それはネスみたいに空が飛べるものだとか、水を氷に変えることだとか、  それくらいのもので、誰かを傷つけることを教えてほしいわけではなかった。  そんなことなら、魔法などいらない。 「ウィーどうしました? 顔が真っ青ですよ……」  近づいて、栞に伸ばしたネスの手をぱしん、とはじき返す。 「わい、初めて見たわ。黒神士の魔法。ごっつすごいわー。  見えへんのに、しかもあないに短い呪文でいけるもんなんやな〜」  間の抜けたアネの言葉が今は忌々しい。アネは呆けて緊張することも忘れているようだ。  はじかれた手をそのままに、栞を凝視しているネスを  ありったけの非難を込めてにらみつけた。 「私は! 人を傷つける魔法をすごいとは思いません。  強ければ何をやってもいいんですか!?   そんな人が王候補だなんて、この国も終わりですね!」 「しおる!?」  アチの驚く声が耳に届く。そうだ。私は栞だ。ただの普通の人間。  この魔法の国のことなんて、ちっとも理解できない。できなくていい。  栞の叫ぶような言葉に、噛みしめられた唇に、ネスはふっと笑みを漏らした。 「なっ!」  あまりの侮辱に言葉がつまる。嘲笑われている、としか思えなかった。  ぎりっと手のひらに爪が食い込む。 「今のは飛ばしただけですよ」  ほとばしりそうとした言葉は、ネスの意外な返答に出口を失った。 「は?」  あまりのことに、間の抜けた声だけがやっと出る。 「ソや。あのマ法は、誘移ノ魔ほウや」 「ゆういの魔法?」  ネスは手にまた光を集めると、湯呑みにかざす。 「我は請う。我が願いし場所へ。我の手がかざしモノをいざなえ」  手の光がぼうっと大きくなる。 「ゆけ」  低く短い声が放たれると同時に、湯呑みがガタガタと揺れてヒュンと消えた。 「!」  驚きに息を飲む。衝撃に活動を止めた肺が酸素を探そうと大きく動き出す。  ウ、と喉の裏に何かが入る感じがした。ごほゲホゴッホン、盛大な咳が出る。 (良い感じだったのに!)  栞の咳のせいで、ピリッとしていた緊迫感がゆるんと手綱を解いた。 「はああ。あなたと言ったら、本当に間の抜けた子ですねえ」 「い、や。ゴほ! だっゲホ。ゴめっくっしゅん」  最後にはくしゃみまで出てしまう始末だ。  アチもそんな栞をじとーと見ている。視線がイタイ。 「まあ、いいでしょう。そっちのキッチンを見てみてください」  アチの案内でキッチンに向かう。ごほげほ、と咳は未だにやまない。  どうやらかなり気管に入ったらしい。 「おお! 見てみいウィー」  キッチンへの扉を開いたアチが感嘆の声を上げる。やっと栞の呼吸が落ち着く。  今度はびっくりしすぎて気管に空気が入らないように、慎重に呼吸をした。  ひょいと赤毛の上から覗くと、キッチンのテーブルにはちょこん、と  さっきの湯のみが鎮座ましていた。 「うはー! すごい、移動させるんだ。あの魔法」  湯呑みに近づく。手に持つとちゃんと重みがあった。  ほんの少し底にのこったお茶がゆらゆらしている。  けれど、どこかにこぼれたような様子はない。初めからここにあったみたいだ。 「こないに誘移魔法をきれいにつこうとる使い手はじめてみたわ。  これめっちゃむずい魔法でな、下手な奴やと、移せても倒れてたりとか、  ひどい奴だと思ってたところにいかなかったりするんやで」  アネが目を輝かせて、湯呑みを覗いている。そうか。  だからさっき、目の前にいない「見えていない」人を最後の「ゆけ」という言葉だけで  移動させてしまったネスに感嘆してたのか。 「まあ、気配くらいならわかりますしね。声も聴こえてましたし。  今頃彼らはトテラス山の山頂ですかね」 「トテラス山は標高3000mのキルカルトではそこそこ高い山や。  まあ魔法が使えんと降りるんは大変だが死にはしない」  ぼそり、とアネが親切に注釈をくれる。  栞は一歩前に出るとネスに頭を下げた。 「ごめんなさい! 知りもしないのに偉そうなこと言いました」  ぎゅっと目を瞑る。いくら知らなかったとはいえ、ひどいことを言った。  呆れられても仕方ないけれど、もう少し弟子でいたい。魔法を覚えたい。魔法の使い方を。 「いいんですよ。怒ってくれてむしろ安心しました。  人間界から来た人は特になんですけど、魔法なんてものを使えるようになると、  途端に気が強くなる人がいるんです。あなたはずっとそのままでいてください」  さらりと頭がなでられるのがわかった。  耳が熱い、のは気の所為だ。きっと。気の所為でなくちゃいけない。 「……でも、もしかしたらこれからあなたに頼むことは、  ウィーにとっては酷なことかもしれませんね」  静かに添えられた言葉に思わず顔が上がる。 (マスターが私に頼みたいこと!?) 「言ってください。さっきのお詫び、  にはならないかもしれませんが、私にできることなら」 ネスが考え込むように視線を下に伏せる。 「どうしましょうか。危険なことになるかもしれませんし」 「でも、マスターが困っていることなんですよね!?   大丈夫です。私こう見えて図太いんで!」  大丈夫なのか何なのか、栞は燃えていた。  一から十まで役に立ちそうもない栞に言ってくるのだから、  きっとそれは栞にしかできないことなのだろう。  役に立てるのなら! と栞は必死だった。  だから、ネスが笑いそうになって口調がおかしくなっていることにも気付かない。 「ん〜、雲隠れしている第一候補を見つけるの、  手伝ってほしいんですけど、どうしましょう?」 「やりますやります! 第一候補だろうと第百候補だろうと!   って? え? ってえええぇえ何それ!?」 「第百候補なんていませんけどね。言いましたね、ウィー」  きらり、とネスの瞳が光った。口元がにやりと弧を描いている。 (や、やられたーーーーーーーー!) 「僕はいつかウィーが悪い男に誑かされないか心配ですね」 「いヤ、まさニ今のクろ紳シがそう、ダと思ウで」  アネのツッコミにもふふん、とネスは笑っている。 「まさか、言った先から約束を反故したりしないですよね?」 (くそう、してやられた。明元栞、いっしょーのふかーくっ!!)  地団太を踏んでも出した言葉は栞の中に返ってきたりしない。  ましてや言ってなかったことにするなど到底不可能。 (はっ、なんか忘れる魔法とかないわけ!? 忘却の魔法とか!!) 「そんなのありませんし、あったとしても今の栞じゃ僕には効かないですよ?」 「力の差がごっつあると効かないんや」  ありがたーいアネの注釈が今ほど有り難くなかったことがあっただろうか? 「なにっ!? じゃあ今の私とマスターってどれくらいレベルが離れてるわけ!!?」 「ざっと一万レベルくらいやな」 (なぁにぃそぉれえぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!)  一万レベルって、もはや雲の上どころの騒ぎじゃない。  アネの言葉を聞いて、へなへなと身体から力が抜けてしまった。 「大丈夫ですか、ウィー?」  ぱたりと床に手をついた栞に心配げに声をかけるネスがやたら気に障る。 「ウィー、床ばっちいで?」 「そおじくらいしろおぉーーーーーーーーー!!」  腹の底からの言葉にぼんっと大きな音がしたかと思うと、一瞬眩い光が放たれた。 「ぅえ!? 何!?」 「な、なんや!?」  目をばっと庇うが、何か起こるわけでもない。 「とうとう、勝手に魔法まで習得しちゃいましたか」 (え? 魔法?)  ネスの言葉に恐る恐る目を開けると、  そこにはほうきとちりとりが仲良くかしこまって立っていた。

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